「地方は『もの』が生まれる場所。
奥大和エリアをリードするクリエイティブ交流拠点施設」
オフィスキャンプ東吉野/東吉野村

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深い緑が繁る山々に囲まれた谷間。そこを流れる、青く透き通った美しい川。私にとって東吉野村の第一印象はそれ、つまり自然だった。

でも、その印象はすぐに上書きされる。東吉野村で暮らす人々の感性や価値観、生きざまのおもしろさ、豊かさによって塗り替えられたのだ。自然はもちろんだけれど、彼らこそ魅力的じゃないか、と。

そうした出会いをもたらしてくれたのは、2015年3月に生まれたシェアオフィス「オフィスキャンプ東吉野」にほかならない。オープンから約3年間で、のべ4,500人以上が訪れているところだ。村内外の人で賑わっていることの多い、“村の交流拠点”になっているのだ。毎年12月〜2月は冬季休業としてクローズしているから、月に約170人が訪れている計算になる。

シェアオフィスといっても仕事場として機能するだけでなく、コーヒーを飲みに、おしゃべりをしに、フラッと訪れる地元の人も多い。さらに、大阪市から車で約1時間30分かかるここまで、わざわざ足を運ぶ人も少なくないのだ。そして彼らは「奈良の印象が変わった」と口々に言う。来訪を機に、東吉野村への移住を決行した人たちも12組いる。

地域の人々にとっては「集うところ」、県外から来た人にとっては「奈良の入口」になっているこの空間はどのように醸成されていったのだろう。「オフィスキャンプ東吉野」の魅力を紐解きたい。


仕事をする環境として最適なハードを整備

「オフィスキャンプ東吉野」を発案したのは、2006年に大阪から東吉野村へ移住したデザイナー・坂本大祐さん。坂本さんには9年ほど東吉野村に暮らすなかで感じていた想いとアイデアがあった。

「東吉野村には、僕のほかに菅野大門くんというデザイナーがすでに移住していました。彼にはお子さんが生まれたばかりで自宅で作業しづらいときもあり『近くに、自宅とも職場とも違う“サードプレイス(第3の場)”があったらいいな』と話していたんです」

「また、村や地域の未来について、東吉野村、下市町、宇陀市、黒滝村という近隣の4つの市町村で、それぞれ異なる層をターゲットにして誘致したら、それが有機的につながって新しいエリアになっていくのではないかと考えました。これが事の発端です」

坂本さんは、東吉野村に来てほしい人をクリエイターに絞り、まず彼らが仕事をする環境として最適なハードの整備をしたいと考えた。クリエイターにしたのは、仕事を地域に持ち込んで働きやすい職種だから。名付けて「クリエイティブ・ヴィレッジ構想」。その一つとして提案したのが「オフィスキャンプ東吉野」だったのだ。

坂本さんはこの構想を、ある雑誌の取材をきっかけに出会っていた奈良県庁の奥大和移住・交流推進室次長の福野博昭さんに話した。行動派の福野さんは賛同し、すぐに県庁から村に話をもちかけ同意を得てくれた。

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居心地のいい細やかな配慮と、予想外の盛り上がり

物件は、村役場と川を挟んだ向かいに建つ築70年の民家が見つかり、なんと家主が村に無償で寄贈してくれた。「オフィスキャンプ東吉野」は村の施設だが、坂本さんと菅野さんはスタッフとして基本計画や運営にも携わることになった。リノベーションのデザインは坂本さんが担当することに。

「外観は古民家がもっているものをベースに、外からも様子が見えるようガラス戸を使ったオープンな造りに。1階は壁をすべて取っ払って細かく仕切らないようにし、人がたくさん入れる開放的な空間を目指しました」

「ただし、空間としてはつながっているけど、数人だけで話しやすいパーソナルなスペースもあるように、コーヒースタンドなども設置しようと。大きな空間に人の小さな“たまり”がいくつかできるようにしたかったんです。そうすれば空間をうろうろして“たまり”を移動する人もいるし、あるスペースに居続ける人もいて、自由に選べます」

坂本さんのそうした細やかな配慮が、のちにここを訪れる人を和ませたのだろう。オープン後、続々と人が訪れるようになる。

「実際にやってみたら目にとめてくださる方が多くて。正直言って、こんなに反響があるとは思っていなかったです。オープン前、村長に『移住者が一人も決まらない可能性もあります。精一杯やらせていただきますけど、年に300人来たら万々歳だと思ってください』と話していたくらいでしたから」

例えば、オープン翌日に兵庫から遊びに来た若夫婦は、ここや東吉野村を気に入って何度も訪れるようになり、たまたま空き家を見学することになって一軒目で即決。二人で移住してきた。このようなケースがいくつも生まれた。その波はオープンから約3年経った今でも続いている。

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結束点になるパブリックな空間で、新しい働きかたを

「オフィスキャンプ東吉野」のコンセプトは、「遊ぶように働く 山村のシェアオフィス」。坂本さんたちの「オフィスでまるごとキャンプしてみませんか?」という思いも込められている。

施設内は、打合せ室や和室、展示室のほか、プリンタ複合機、wifi環境、キッチン、調理器具及び食器、お風呂と、ワークスペースとして十分な環境が整う。コーヒースタンドや展示室のみの利用もできるので立ち寄りやすい。一言でいえば「行けば誰かに会える」ところ。クリエイティブ交流拠点施設になっている。

「ここは喫茶店ではないし、かといってオフィスだけでもなく、パブリックな空間です。自宅や職場など人のプライベートなところに行くのってハードルがあるけれど、ここは気軽にフラッと会える、結束点になるところ。場ができて、そこに人がいてるっていうことで、新たな機能が空間に生まれるんです」

イベントやワークショップの開催も多い。2017年には、インドネシアからデザイナーが来日し地元のクリエイターと協働するプログラム「DESIGN CAMP@奥大和 2017 with DOOR to ASIA」が実施された。また、私が共同代表を務める奈良の編集ユニット「TreeTree」の講座「編集のきほん」の会場としても利用させていただいた。

一日だけの利用ももちろん可能だが、現在は「お試しサテライトオフィス」も募集している。コワーキングスペースであるため、フリーランスで活動している人がオススメ。条件などは応相談。2018年夏には、2軒隣にゲストハウスがオープンする予定で、ますます賑やかになりそうだ。

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地方で生まれる仕事に携わるほうが、未来がある

都市ではなく、東吉野村だからできることとは何なのだろう。訊ねると、坂本さんはハッキリとこう答えてくれた。

「地方は『もの』が生まれる場所やなと思っています。例えば、野菜や木などです。地方でつくり、都市で消費する。都市って、生まれる『こと』や『事象』はあるけど、生まれる『もの』はないんです。実は『人』も、地方でのほうが圧倒的に生まれています。地方で生まれた『人』が都市に行くことが多いので、都市のほうは常に供給してもらっている状態ですよね」

『もの』や『人』が供給されなくなったとき、困るのは都市だ。従来のビジネスモデルは、どれも人が新しく入って来る前提でつくられている。しかし、今後の社会の人口減少を思うと、「時代を生き抜く新たな物差しをつくっていかないといけない。地方のほうが生産的だ」と坂本さんは感じている。

実際に坂本さんは、仕事が減るどころか、新しいクライアントが増え続けている状況だという。こうして新たな物差しをつくろうと走っている人たちがいる心強さも、ここの魅力の一つだろう。

「地方には『もの』が生まれる場所の近くで働けるおもしろさがあります。地方に興味をもってくれている人には『僕は地方で働くようになってよかった。手探りでもアクションを起こしたほうがいい』と言っています。地方で生まれる仕事に携わるほうが、未来があると感じています」

[文] 小久保よしの

フリーランス編集者・ライター。埼玉県出身。雑誌『ソトコト』やサイト「ハフィントンポスト」などで執筆。2003年よりフリーランスになり、東京で編集やライティングの活動を長年行っていたが、2017年春より奈良県内に拠点を構え、現在は東京と奈良で仕事をしている。奈良を中心に活動する編集ユニット「TreeTree」共同代表。http://treetree.work

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