「小さな村にたくさん詰まった魅力を、
掘り起こし、結んでいく喜びを享受できる場所」
SHIMOKITAYAMA BIYORI/下北山村

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奈良県南部にある、人口約900人の下北山村。しかし、その小さな村には多くの魅力がつまっている。都心から決して近いとは言えないその村に、人々がわざわざ足を運ぶ理由がある。

その一つが、透明度が高く美しい渓流や滝などの豊かな大自然。村の約半分は「吉野熊野国立公園」に指定されている。全国からアングラーが訪れ、渓流ではアユ、アマゴ釣りを、ダム湖でブラックバス釣りを楽しめる。特にブラックバスは、そのメッカとして名高い。観光施設の「下北山スポーツ公園」にはキャンプ場や下北山温泉、宿泊施設があり訪れる人も多い。

もう一つは、歴史だ。村の西にある約1300年の歴史を持つ世界遺産「大峯奥駈道」や、村内に25か所ある行や礼拝をする場「靡(なびき)」に、全国から修験者が訪れる。加えて、都会に住む子どもたちの山村留学を受け入れてきた歴史もあるため、村には「村外から来る人を受け入れる文化」が根付いている。

そうした村に新しい風を吹かせるべく「SHIMOKITAYAMA BIYORI(びより)」がオープンした。ここは、どのような空間なのだろう。

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自分に新しい代謝を与える「きたえるオフィス」

建物は元・保育所で、6年ほど空き家だったものがリノベーションされてオープンした。中へ入ると、まず100平米の空間が広がる。仕事や打ち合わせなどに使うことができるコワーキングスペースだ。中央にはアイランドキッチンがあり、コーヒーや水が無料で提供されているので休憩することもできるし、自炊も可能だ。

その奥に、多目的スペースが1室と12畳のオフィスルームが4室ある。このオフィスルームが、サテライトオフィスとしての機能も備えている。1事業主・企業で1室使うのが基本となっていて、現在事業主・企業を募集中だ。40平米のオープンデッキもある。

コンセプトは、働き、遊び、学んで語らう「きたえるオフィス」。ここは、心地よく仕事できるコワーキングスペースであり、利用者がワクワクとしながらさまざまな企画をたてる場所、自然・歴史・文化・人の魅力がつながるプラットフォーム、地域に関わるインキュベーション施設でもあるのだ。シャワー施設も完備されているので、仕事と遊びをシームレスに満喫することも可能だ。近隣のクラブハウスの宿泊施設を利用し、研修会や合宿などもできる環境が整っている。

「BIYORI」という名称は、山間にありながら空が広い下北山村のイメージと、「何をするにも良い日」であるようにという願いが由来だ。

この立地や環境を生かし、心身や五感をフルに使って鍛えながら、充実した時間を過ごす——。例えば「朝は明神池を散策し、昼は『BIYORI』で仕事をする」、「ダム湖で釣りをした後、『BIYORI』で談笑する」、「清流に足を浸して、『BIYORI』で読書をする」。そうした行き来は自分に新しい代謝を与え、アイデアや新しい生き方をも、もたらすかもしれない。この名称はぴったりではないか。

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都会から村への移住で、暮らしが変わった

「SHIMOKITAYAMA BIYORI」のスタッフとして利用者を出迎えているのは、地域おこし協力隊である藤本千幸さん。奈良県天理市の出身で、就職してからの3年半は大阪に住んでいたが、結婚を機に退職し、オープンからここのスタッフとして運営にかかわっている。

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「主人の仕事の都合で下北山村へ引っ越してきたんです。都心で働いていて地域のことはまったく知らなかったので、引越当初は戸惑いがありました。そこで村内のことを調べたり、村外のことを調べて『東吉野オフィスキャンプ』の存在を知ったりして、自分にできることから始めました」

村には、「衣・食・住」で自然に寄り添った形や自給自足を目指す暮らしをしている人がいて、都会の暮らしとの大きな違いに「そんな考え方があるんや!」と驚きました。一時は「村に来たのだから私もそういう生活したほうがいいのかな」と悩んだこともあったという。

「大阪で忙しく働き、コンビニのお弁当ばかり食べていた私にとって、いろいろな価値観を知ることができ視野が広がったのはとてもよかったのですが、私にはできない部分もあると気づいて。それでも村の自然のなかにいるのは心地いいですし、極端に生活を変えるのではなくて、自分ができるところから変えていけばいいのだとわかりました」

無理をして変えなくていいけれど、自分が望むところを変えていけばいい。そんな選択肢を持てれば、心はおだやかに、暮らしはふくよかになることだろう。藤本さんが特に変わったのは、食生活。村内に、食事や健康に気を遣っている人が多く、影響を受けた。「みなさんの食べるものへの愛情が、すごいんです。野生の鹿肉やイノシシ肉をありがたくいただいたり、野菜を自分たちで育てたり。それを感じて、学ばせていただいています」。環境が人を変えていくとは、まさにこのことなのだろう。

そのほかの村での発見や変化、暮らしについて、藤本さんは「SHIMOKITAYAMA BIYORI」のサイト内のブログで、みずみずしい感覚で綴っている。例えば、村のお茶摘みの文化などを綴り、撮影も自ら行って記事にし、発信している。

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通常営業に加え、共有し交流する「木曜会」なども実施

利用者は村民が中心で、打ち合わせなどでよく使われている。県内外からの視察者も頻繁に訪れる。「『自分の村にもこういう空間が欲しい』と見にいらっしゃる方が多いです」と藤本さんは話す。

村外の方にはもちろん、村の人も含めてより多くの人に「SHIMOKITAYAMA BIYORI」の存在を知ってもらい、足を運んでもらうきっかけをつくるため、第2、4木曜の19時から「木曜会」を開催している。そのテーマの一つが「DIY」。例えばある回では、村にUターンをしてここへ入居した人のオフィスルームの床張りを参加者みんなで行った。

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「私の前職は設計だったので、何かをつくることが好きなんです。それがここで生かされているかもしれません。村の皆さんが当たり前にしていることを、私はまだ知らないことが多いので、教えていただく場にもなっています」

また別の回では、村役場職員の方と共に村内の森林についての意見を交わすお話会が行われた。悩みや思いを共有することで参加者どうしの理解が深まり、村づくりにまつわる交流の場にもなっている。

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今後の展開に向けた準備も進行中

今後は、定期的にカフェを開こうと、準備を進めている。「誰かがいらっしゃれば、誰かと誰かがつながって何かが始まることも生まれやすくなります」。人が出入りする場所の仕掛けをつくるべく、藤本さんは懸命に動いている。

村がもつ自然や、藤本さんが見つけた村の文化。村にはそうした魅力や宝物があふれ、それを結びやすい拠点も生まれた。可能性を掘り出していくのは、まさにここから。名称の由来である「何をするにも良い日」を存分に享受する誰かを、今「SHIMOKITAYAMA BIYORI」は待っている。

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[文] 小久保よしの

フリーランス編集者・ライター。埼玉県出身。雑誌『ソトコト』やサイト「ハフィントンポスト」などで執筆。2003年よりフリーランスになり、東京で編集やライティングの活動を長年行っていたが、2017年春より奈良県内に拠点を構え、現在は東京と奈良で仕事をしている。奈良を中心に活動する編集ユニット「TreeTree」共同代表。http://treetree.work

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