「まちの歴史や文化、
産業との出会いで、“広がり”が生まれる。」
みよし邸/五條市

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大阪から車を使って、南阪奈道経由で約1時間のところにある、奈良県南西部の五條市。柿の生産・収穫量が日本一を誇る「日本一の柿のまち」として知られ、大塔温泉や梅が咲き誇る「賀名生梅林(あのうばいりん)」など、自然にも親しむことのできるまちだ。

五條市には建築家・安藤忠雄氏が設計や監理を担当した「市立五條文化博物館」、プラネタリウムを備えたコスミックパーク「星のくに」、500年の伝統を誇る火の祭典「鬼走り」など、カルチャースポットや行事もある。

また、天誅組が倒幕の旗を掲げ、下級武士と豪農豪商とが一体となった最初の武装反乱として「明治維新発祥の地」ともいわれている。

2016年、そんなまちに「みよし邸」がオープンした。ビジネスを通じて地域に“新たな風”を起こすプラットフォームを目指しているという。どのような空間になっているのか、紹介しよう。


江戸期や明治期の建物が残る通り

JR五条駅から南へ15分ほど歩くと、吉野川の手前に、古い町並みが今も残る通りに出る。これが、通称「新町通(しんまちどおり)」。五條市は古くから大阪と紀伊を結ぶ交通の要衝で、東に向かう道は伊勢街道、西へ向かう道は紀州街道と呼ばれていた。

この旧紀州街道が、現在の新町通。1975年の調査では、江戸時代の建物が77棟、明治時代の建物が19棟確認されたという。この地区は2010年、「重要伝統的建造物群保存地区」に選定された。

この新町通の中心部に位置しているのが「みよし邸」だ。この地区の雰囲気に馴染む外観を残しながらも、内装はリノベーションをし、1階がフリースペース、2階がサテライトオフィスの空間になっている。

wi-fiはもちろんのこと、プリンター、キッチン、ホワイトボード、プロジェクタ(予約制)が完備され、フリーコーヒーも用意されている。歩いて30秒ほどのところに吉野川が流れているので、仕事の合間にリバーサイドで休憩することもできる。仕事を進めやすい設備とリフレッシュできる環境という両面を備えているのだ。

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ヨソモノも活躍していることに可能性を感じる

現在、1階では小学校4年から高校3年までの学生を対象にした学習塾「五條しんまち塾」が運営されている。「五條しんまち塾」を含めて「みよし邸」を運営しているのが株式会社GOJOチャレンジの専務取締役・木村航さん(写真右)だ。

「もともとは全国の地方を元気づけたいという思いで活動している『G&Cコンサルティング株式会社』という運営母体があり、その活動のなかから五條市に特化した会社として独立したのが弊社です。移住してきた私たちのほか、都市部のメンバーと地元のメンバーで運営しています」(木村さん)

木村さんは北海道の出身。大学時代を京都で過ごし、同社の設立を機に五條市へ移り住んだ。社名の「GOJO」には、地名はもちろんのこと、「Good Opportunity and Joyful Office(良い機会と楽しいオフィス)」という会社理念もこめられているらしい。

「実は、以前は『地方をなんとかしたい』とは思っていなかったんです。でも、僕自身が北海道の田舎の出身で、自分のまちの元気がなくなっていくのはさみしいことだなと感じていました。実際になくなっていく地域もあり、それは悲しいなと。都会と同じようにならなくてもいいけれど、存続はしてほしいと思ったので、この活動に興味をもって参画させていただくことにしました」(木村さん)

五條市に移り住んできたヨソモノたちが実際に活躍していることも刺激になったという。


「地元の方たちはもちろんですが、農家さんなど外から来た方たちも数多く頑張っていらっしゃいます。その数が多いからこそ、可能性を感じています。それって、その土地に魅力があるということだと思うんです」(木村さん)


将来のまちを担う人材育成も行う

木村さんは、「五條しんまち塾」で自ら教えてもいる。教えているのは英語や数学のeラーニングが中心だが、将来の五條市を担う人材育成として、地元の歴史や文化を教えることもしている。

「自分で考える力が大事なので、わからないところを補助するスタイルです。受験ありきの勉強ではなく、我々の思いに共感してお子さんを預けてくださるご家庭が多いです」(木村さん)

「ラジオ局のFM五條さんから弊社が30分の枠をいただいていて、子どもたちに課外授業として毎月登場してもらっています。ある回では、五條市の好きなところ、不便と感じるところ、またそれを解決するにはどうしたらいいかなど、緊張しながらもしっかり話してもらいました。ふだんは、すごく元気な子たちですけど(笑)。生徒との距離が近く、プライベートな話をすることも多いです」(木村さん)

木村さんをサポートしているのが、大学を休学して京都府から五條市へ移り住み、2018年4月からインターンスタッフとして働いている大友崇禎(たかよし)さんだ。

「教育関係に興味があってここの取り組みに関心を持ち、思いきって五條にやってきました。五條での暮らしは、伸び伸びできていてとても楽しいです。9LDKの空き家を借りて、そこに一人で住んでいることもあって(笑)。子どもたちと接しているのも楽しいです」(大友さん)

若い人たちが可能性を感じて五條市へ移り住んできている、その事実こそが“新たな風”なのだろう。

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経営合宿や勉強会、開発合宿などの団体利用も

2階はコワーキングスペースや合宿などの団体利用のスペースとして運営されている。合宿とは、具体的にはどのようなものなのだろう?

「企業や大学院などの組織の経営合宿や勉強会、サービスやプログラミングなどの開発のための合宿にご利用いただいています。五條市にまずは来ていただきたいという思いがあるので、今後は都会の企業が来やすいような仕組みを整えたいと考えています」(木村さん)

合宿は土日の場合、1・2階を共に完全貸切で、朝9時〜翌朝8時で一日3万円(税別)。平日の場合は応相談だ。

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新町通には、大正期に建てられた町家一軒貸しの宿「やなせ屋」、古民家の宿泊施設「標(しるべ)」、築250年の町家の和食レストラン「五條源兵衛」がある。「五條源兵衛」は古民家再生で知られるアレックス・カー氏をプロデューサーにリノベーションした店で、「ミシュランガイド奈良2017特別版」に一つ星レストランとして掲載されている。徒歩圏内に宿泊施設や飲食店があるので、合宿などの滞在にもむいている。

現在1階の一部と2階では、サテライトオフィスを募集中だ。このまちの歴史や文化、産業に触れながら思案やリフレッシュをすれば、ビジネスや自分自身に“広がり”が生まれるかもしれない。五條市では移住体験型住宅「平雄」を用意していて、山村での暮らしを体感することもできる。

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イベントや在宅ワーカー養成を仕掛けていきたい

木村さんには、今後やっていきたいことが二つある。
一つが、イベントを仕掛けていくことだ。

「地域の外から人を呼びたいですし、そうしたヨソモノと地元の人の出会いから化学反応も起こしていきたいんです。新町通を中心にした五條のスタディ(視察)ツアーを、観光などのテーマごとに開催したいです」(木村さん)

もう一つが、五條に住む人々に在宅でもできる仕事を広めていくことだ。

「フリーランスであれば、都会でも地方でも変わらないように働ける時代になってきています。主婦の方たちなどに、フリーランスとして働いていくノウハウなどを提供していきたいです。はじめのうちはここにきて作業をしていただき、その働き方がだんだんまちで広がっていくイメージをしています」(木村さん)

「フリーランス養成講座」を開催したところ、地域の人たちが数多く参加したそうだ。木村さんは「地域でも稼げる、ということに関心が高いと感じた」という。「短時間でも働きたい」と考えている人たちが時間を有効活用した新しい働き方を習得すれば、地域経済が活性化していくはずだ。

サテライトオフィスやコワーキングとしてここで働きながら、地域の人たちにスキルなどを提供していくこともできる。地域の人たちとヨソモノが協働し、共に何かを模索することも可能なのだろう。

[文] 小久保よしの

フリーランス編集者・ライター。埼玉県出身。雑誌『ソトコト』やサイト「ハフィントンポスト」などで執筆。2003年よりフリーランスになり、東京で編集やライティングの活動を長年行っていたが、2017年春より奈良県内に拠点を構え、現在は東京と奈良で仕事をしている。奈良を中心に活動する編集ユニット「TreeTree」共同代表。http://treetree.work

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