「職場の一部をローカルへ移して気づいたこと」

-サテライトオフィスで、移住編集者と考えてみる-

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[文] 大越元(おおこし はじめ)

ユニバーサルライター。自分を営む人の仕事紹介「Kii」編集長。奈良市に誕生した10代向けコワーキングスペース「Toi」共同運営人。地元は東京中野区です。日本仕事百貨にて、全国200件の求人に携わったのち、紀伊半島へ。書きっぱなしにならない編集を日々模索しています。http://kii3.com

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[文] 小久保よしの

フリーランス編集者・ライター。埼玉県出身。雑誌『ソトコト』やサイト「ハフィントンポスト」などで執筆。2003年よりフリーランスになり、東京で編集やライティングの活動を長年行っていたが、2017年春より奈良県内に拠点を構え、現在は東京と奈良で仕事をしている。奈良を中心に活動する編集ユニット「TreeTree」共同代表。http://treetree.work

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都市部で活動するフリーランスの方、そして企業が「もしも、職場の一部をローカルへ移したら?」。その可能性を探るべく、奥大和に誕生した5つのサテライトオフィスを訪ねました。取材を行ったのは、大越元(はじめ)さんと小久保よしのさん。大越さんはWEBメディア「日本仕事百貨」、小久保さんは雑誌「ソトコト」など。それぞれ東京を拠点に、日本全国を取材してきた編集者です。「奥大和って、どんなところ?」「都市部で働くのと、どう違うの?」「大変なことは?」日頃より奈良で活動する2人が対談を行いました。

小久保:元くんが、初めて奥大和へ来たのは?

大越: 2012年でした。その中で、オフィスキャンプ東吉野の管理人である坂本大祐(だいすけ)さんに話を聞く機会がありました。彼は、大阪から東吉野村へ移住したデザイナー。取材中に「ここで、クリエイターやアルチザン(職人)の集うオフィスを始める」と。僕は「ほんとうに?」と思いました。だって、東吉野村は人口1,500人、高齢化率が50%を越える小さな村でしたから。その後、オフィスキャンプをきっかけに、移住者が現れたのには驚きました。

小久保:オフィスキャンプは、東吉野村の“関係案内所”になったんだね。

大越:“関係案内所”?

小久保:その地域を初めて訪れた人の入口となって、暮らす人たちと繋いでくれる場のこと。わたしが毎月寄稿している雑誌「ソトコト」の指出(さしで)編集長の言葉なんです。「これからは観光案内所よりも関係案内所が必要だよ」と。

大越:ゲストハウスや、まちの人が集う喫茶店も、関係案内所?

小久保:そうそう。サテライトオフィスは、もう一歩公共性を持った場なのかな。

大越:オフィスキャンプを見ていると、どんどん場が変化していきます。2015年のオープン当初は、坂本さんを訪ねる場という印象でした。それから3年が経った今では、移住した作家さんがカフェスタッフをして、クリエイターが打ち合わせをして、ふらり近所の方も立ち寄って。色んな人の顔があるんです。

小久保:点でも線でもなく、面を訪ねる。そんな感じかな。

大越:そうです、そうです。

小久保:今回あらたに訪ねた4つのサテライトオフィスでも、始まりつつあるんだね。

<修学旅行では見えなかった“奈良”>

大越:よしのさんが、東京から拠点を移したきっかけは?

小久保:長年「ソトコト」の取材で日本全国を訪ねる中、人口減少のリアルを目の当たりにして。「この先、自分はどう生きていったらいいんだろう?」と考えるようになった。2011年に東日本大震災が起きてから、なんとなく移住先を探し始めて。

大越:全国に繋がりがあったと思うんですが、どうして奈良へ?

小久保:わたしは、20代から雑誌や本を編集してきて。プライベートでも、新しいことを始めたい思う中で、“森”というテーマが浮かんできて。奈良に住む“森仲間”ができたの。その人たちと一緒にいるのが、すごく楽しくて。気づくと、奈良へ毎月来ていた(笑)。そうして出会った人たちと話すうち、奈良に対する見え方が、ガラリと変わったんだよね。

大越:奈良は修学旅行で訪れたきり、という話をよく聞きます。イメージを聞くと「シカと大仏」でしょう、と。

小久保:それとは、全然違う奈良があった。

大越:よしのさんは一時期、奈良と東京を行き来する生活をしていたんですよね。そこでの気づきはありましたか?

小久保:“音”が全然違うんだよね。

大越:“音”?

小久保:東京から奈良の家に帰るでしょう。奈良の家は、18時を過ぎると「真夜中?」ってぐらいに静かでね。その時、「耳が休まる」という経験を初めてして。

大越:耳が休まる。

小久保:東京に住んでいた時は、家かカフェで仕事をすることが多くて。全く自覚がなかったけど、たえず耳を使っているんだよね。BGMとか、車の走る音とか、隣の席から聞こえる仕事の悩みとか。実は、そういう音にたくさん影響を受けているんだなって。

大越:そういえば… 大阪のオフィス街で働く知人も、同じ話をしていました。オフィスキャンプへ案内したら「とてもいいアイデアが出た」「働き方を見直す機会になった」って。

小久保:そうなんだね。

大越:よしのさんは、奈良へ拠点を移したことで仕事は変わりましたか。

小久保:以前と同じ編集業界にいながら、質が変わったように感じています。自分がローカルに根ざして生きようと思うと、価値観の重なる人との出会いが増えて、結果として、仕事もシフトしていきました。今年は、岡山県にある村を一年かけて取材して、一冊の本を編集したんです。じっくり。

大越:じっくり?

小久保:自分の暮らしが変わったからかな。日常の経験と照らし合わせつつ、相手の思いを伝えることもありました。たとえば、食事。東京に住んでいた時は外食が多かったけれど。今は周りにお店がないのもあって(笑)。三食自炊になったんです。その食材を、周りの農家さんからいただくこともあって。

大越:自分が変わることで、原稿も変わるんですね。

<一人一人の可能性が引き出される場>

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大越:今回、改めて奥大和を取材して、どうでしたか。

小久保:自分の目で知れてよかった。日本全体では「2050年には6割の自治体で人口が半減している」と言われていて。全国に1,700ほどある自治体の中でも、人口減少が早いワースト10の半分が、奥大和にある。ここは、ある意味で日本の最先端なんだよね。人口減少はたしかに一つのリアルだけれども、実際に行くと、まったく違う光が見えてきた。住民の方々のハツラツとしている感じが、とてもあって。

大越:ハツラツと?

小久保:子供もおじさんも、お元気で肌がツヤツヤしてるの(笑)。それぞれのローカルで、みんな色々抱えながらも、野菜や果物などを一生懸命においしく育てていて。その姿を見ていたら「わたしもあせらず、自分の役割に取り組んでいけばいいんだ」と思えたんだよね。

大越:人から刺激を受けたんですね。

小久保:そうなんだよ!今後は、編集とまったく違う仕事も始めたくて。奥大和には、魅力的な人がいるし、たくさんのタネが転がっていると思います。ところで、元くんは?東京から拠点を移して、どう?

大越:前職の「日本仕事百貨」で、奈良県川上村の地域おこし協力隊を募集するプロジェクトを企画させてもらったことがあるんです。その時に「メディアの役割」ってなんだろうと考えさせられて。

小久保:メディアの役割?

大越:自分が書いた記事がきっかけで、川上村へ移った人たちに出会ったんです。その人たちは、ここにしかない価値に気づきつつ、課題にも面していて。メディアって、人の華々しい一瞬を切り取って紹介することが多いけれど、実際の人生にはハレもケもある。ハレの日だけじゃなくて、ケの日も隣にいるメディアをつくりたい。そんな気持ちが、日に日に増していって。それである日、20万円の中古車を買って、ポンと旅に出てしまったんです(笑)。そこから「Kii」という求人メディアを始めました。

小久保:紀伊半島の「Kii」なんだよね。

大越:そうです。京都・大阪・神戸という都市に面していながら、流れる時間がまったく違う。ぼくは、ここで編集者になりたいと思っていて。よく周りの方に「編集の仕事はどこでもできるからいいね」と言われるんですけど、そんなことはないと思っていて。環境にはとても影響を受けます。情報をたくさん発信して、不特定多数に届けるメディアは、東京の方が合っていると思う。でも、ここには違う形があるんです。

小久保:仕事のスタイルは変わった?

大越:量、減らしました(笑)。東京にいた時は、4,000文字の原稿を年間100本書くノルマがあって。他のことが、何もできなかったな。たとえば今回、プラネットオフィスの記事は、色々なワーキングスペースで書いたんです。毎日電車通勤している都市の人に届けたいので、生活を真似てみる。大阪へ“エアー通勤”をして、コワーキングスペースで仕事して、夜飲んで。そうすると、自分の中に「ワーキンクスペース」という引き出しが生まれて、また記事が書けそうな気がしています。

小久保:色々なワーキンクスペースを訪ねる中で、奥大和のサテライトオフィスってどんなところ?

大越:一人一人の可能性が引き出されやすい場。自分自身の体験として、奥大和のサテライトオフィスで偶然出会った人と、何か始まることが多いんです。どうしてだろう、と考えるとじっくり話せるからだと思います。

<ローカルへ、片足を置いてみたら>

大越:ここまでを振り返ると、2人とも、時間をかけて都市からローカルへ移ってきたんですね。

小久保:その比率は「0か100か」じゃなくていいんだと思う。みんなファッションに関しては、選び上手だよね。ファストファッションを使いつつ、作家さんがつくった服も取り入れて。さじ加減は3:7の人も、8:2の人もいる。

大越:とてもわかりやすいですね(笑)。

小久保:都市とローカルって、それぞれに良さがあると思う。どちらか片方しか知らなかったら、実は違和感を感じている自分にさえ、気づけないよね。自分を、もう一つの環境へ連れて行ってあげたらいいなと思う。

大越:サテライトオフィスは、企業の片足をローカルへ置いてみる試みとも言えそうです。

小久保:これだけ日本の人口が減って、経済が変わって。どの企業も、もう社運がかかっていると思うんです。どんな価値を生み出していくのか。ローカルへ足を踏み出すことで、気づきもあると思います。

大越:まずは合宿などで、一度足を運ぶことから。案外、長年机を並べる社員同士でも、知らないことってありません?仕事をしつつ、寝食をともにする中で、あたらしいアイデアが生まれてくるかも。継続できたらなおよい気がします。「毎月第2金曜日は、奥大和」とか。自分自身の経験として、ローカルってじわじわと効いてくるな、ということを実感しています。

小久保:まずはお試しからだね。

(企画構成:大越元)